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教授の知り合いの家族がパネトンを食べさせてくれた話、Santa Clara 〜 Batangrande 13、ペルー 2016年01月12日 ポマックの森でのキャンプをやめ、先へと進む。 現在時刻は17:15。 バタングランデまでの距離は20km少々。 町まで全部平地だったとして、19時前に到着する計算だ。 18時ごろになると暗くなってくるので、できればそんな時間まで走りたくない。 とすると近くの町でキャンプということになる。 しばらく走ると大きめの公園がある村にやってきた。 まわりには発掘物を表した像や人形が飾られており、白黒斑点模様のホロホロ鳥が親子で散歩している。 キャンプ地はここがよさそうだ。 食事できるところはないか、あたりを探る。 200mほど離れたところに青空食堂があった。 ・・・ちなみに、この青空食堂っていうのは天井や壁のない屋外でやっている食堂のことを言っているのだけど、調べてみると同名の店名しか出てこない。 みんな、そう呼ばないの? 正式名称はなんと言うのだろう。 知っている人がいたら教えて下さい。 で、なにが売っていたかという、こちら。 この飲み物はチャンプースというらしい。 フルーツとナッツが入っていて、なんだかドロドロしている。 まずくはないがうまくもない、なんだか複雑な味がしていた。 左のものはチャチャンガという薄い揚げパン。 2つあわせて1ソル(35円くらい)。 揚げパンはちっちゃいので、これでこの値段は安いのかどうかちょっと判断に困る。 チャンプースを飲んでいると、店の人から 「Santa Clara サンタクララに行くの?」 と聞かれた。 サンタクララという町があるのは知らなかったが、わざわざそんなことを聞くということは有名なところなのだろうか。 そこは大きな町なの? と聞いてみる。 答えは Si. イエスだった。 ここから近いとのことだった。 行ってみようか、どうしようか。 近くにいる人にも聞いてみると、 「サンタクララならここからすぐよ。ええ、大きな町ね」 大きな町ならホテルもあるんでしょ? 「え・・・ええ、あるんじゃないかしら」 あーこれはないときの反応だわ。 今までの経験上わかる。 きっと町も小さいのだろう。 でもそんな誰も行かないような場所なら行ってみてもいいかもしれない。 なにかあるかもしれないし。 なにか起きるかもしれないし。 それにどうせキャンプするなら奥地のほうが安全かもしれないとも思い、サンタクララへ行ってみることにした。 そしたらどうよ、 この道! 前回も言ったけど、最近ひどい砂利道入りすぎじゃないですかね? 自転車が壊れちゃうー。 15分ほど進んだのち、サンタクララへついた。 そこを見た最初の感想は、 さびれてんなー。 予想通り小さく、ホテルなどひとつもない。 食堂すらほとんど見あたらない村だった。 広場の近くにあった店へ入り、3ソル(105円)のサルチポジョ(フライドポテトとフライドチキンのファーストフード的な料理)を注文。 そしてザックを降ろしたときに悲劇は起こった。 背中でビリビリとなにかが破ける音。 そして見覚えのあるナイフが一本、カランと地面に落ちた。 腰につけていた護身用ナイフ(対犬用)のシースが破れてしまったのだ! しかもかなりお気に入りのやつ。 これにはショックを隠しきれない。 ・・・が、疲れていたため落ち込みモードから5秒で復帰。 席について料理を待った。 サルチポジョを食べ終えたころ、向こうの席からお呼びがかかる。 そこには酔っぱらいの村人たちがくだを巻いていた。 ビールや透明なウィスキーを勧められてしまい、そのまま一緒に飲むことになる。 そして、酔った状態で広場で寝ると警察に連行されるということで、この店の主人が2階の一部屋を貸してくれることになった。 翌日。 泊めてくれた主人にお礼を言い、最初に声をかけてくれた男もいたのでその人にも挨拶する。 昨日ひどく酔っていたにもかかわらず今日も酒をグイグイ口に運んでいる。 そこから1、2時間ほどでバタングランデについた。 もっと大きな町かと思っていたが、かなり小さめだ。 広場にはまだクリスマスの飾りが飾られていた。 ↑夜はこんな感じ 宿を探しまわる。 ウロウロしてみるが見つからない。 人に聞いてみると、何軒かあるそうだが大々的に看板は出ていないようだ。 何人かが、 「一番奥のホテルは危険だ。働いている人もよくないしベッドには虫が多いし、泊まるなら他のところにしたほうがいい」 と口々に言っていた。 いったい何があったんだろう。 一泊10ソル(350円)で泊めてもいいと言ってくれたところがあったのだが、ちょっとうさんくさい雰囲気があったのとイタズラ好きの子どもたちがうるさそうだったので他を探す。 メルカド(市場)の目の前に20ソル(700円)のところがあったのでそこにした。 ↑一軒ホテルとは思えない見事なカモフラージュ ↑しかも入口は裏にあるという2重トラップ 夜になにか食べられるところを探そうと外へ出ると、突然女性に話しかけられる。 何かと思ったら、なんとこの女性はホテルのオーナーの一人、つまりそこに住みながらホテルを営んでいる一家の奥さんだった。 今初めて会ったのになぜこちらのことをわかったんだろう と疑問が残るなか、彼女は「今は年始だから店があまりやっていない」と言う。 「よかったら家で料理作るけど?」 言われるままにホテルへと戻った。 彼女と彼女の夫と話をしながら5ソル(175円)でおいしい料理を作ってくれ、コーヒーもくれた。 久しぶりに飲むコーヒー。 フェレニャフェではどこへ行っても、コーヒーはない! と突っぱねられていた。 食後に panetón パネトンと呼ばれるケーキをごちそうしてくれた。 そうこれ! ペルーに来てからスーパーやポスターでよく見ていたので気になっていたのだ。 夫の話によると、クリスマスや祝い事のときによく食べられるらしい。 中にドライフルーツが入った甘めのパンだった。 すごくおいしい。 彼らの子どもがシパンの発掘に携わったことがあり、そのつながりで発掘のリーダーをしていた島田教授と知り合いなのだという。 ここの2階に住んでいたのよ と教えてくれた。 とてもよくしてくれた家族で、昨日の酒場の人たちにひきつづき彼らに会えたのは幸運だったといえよう。 [1回]PR http://yumenosukoshiato.ichi-matsu.net/per%C3%BA/20160111panetonbatang教授の知り合いの家族がパネトンを食べさせてくれた話、Santa Clara 〜 Batangrande