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温かな、枯れた海の家 Caleta El Cobre 15、チリ 2018年11月01日 炎天下でテントを張ると、室内の温度がとてつもなく高くなることをご存じだろうか。だからテントを張るときは日陰を選ばなくてはならない。しかし、ここは砂漠。日陰になるところなどなく、すべて砂と小さな岩が敷かれた更地だ。つまり、朝は灼熱のもとで起きることになる、ということだ。これは運命である。この日ももちろん暑さで目が覚めた。時刻は8時前くらいだっただろうか。警戒するものがないため、ぐっすり眠れた。昨日出したものを自転車に積んで、テントをたたんだ。 走り出してすぐに緑色の看板、そして右に曲がるT字路が現れた。海に向かうことにした自分は右の道を選択。そこからは道路がすこし悪くなり、ゆるいのぼり坂がつづいていた。これが地味につらい。そして、空にうかぶ太陽から激しい光線を浴びつづけると、体は急激に消耗していった。 今日くらいはもつだろうと思った水が、底をつきかけていた。これはちょっとまずいのではないか。もし海に出て、水が手に入らなければ終わり。ペルーから大事に取っておいていたエナジードリンクの bolt もついさっき飲み干してしまった。坂はどんどん急になっていく。あせりを感じ始めたころ、後ろを通りすぎた一台の軽トラが目の前で停まった。「さあ、ボトルを出して」空いていたペットボトルとウォーターボトルに飲料水を満たしてくれた。ペルーから来たという彼らは、涼しいからこの先の海沿いを走って南下するらしい。「この先は急なくだりが出てすごく危ないから気をつけてね。崖になってるから」と、これまで何度も言われた忠告を受ける。それほどまでに危険な場所なのだろうか。 ↑日焼け止めクリームももらった水が手に入ったので余裕が出てきた。これなら2日は生きられる。さらに坂が急になるなかで自分のペースで進んでいき、ついにトップと思わしき場所についた。そこは展望台になっていて、ベンチやゴミ箱、車を停める木の枠が並んでいた。 ↑高台から見下ろした景色。川が枯れた跡がある鷹が2匹飛んでいて上昇気流に乗って高度を稼ぎながら、すこしずつこちらへ近づいてくる。人間が残したエサを狙っているのかもしれない。しかしここの風はとても強いので、落ちそうになったり持ち直したりと見ていてこっちがハラハラする。そこからはサイドが崖のくだり坂から山間部へ、途中からアップダウンがあり、立ち入り禁止の坑道をすぎてラストは急斜面のクネクネ道。 ↑鉱山の入口。立ち入り禁止と書かれていたので近寄れなかった 先が見えない、ブレーキでは止まりきれない。崖に落っこちるという心配はないものの、これはさすがに歩いていくしかなかった。まだかまだかと降りていき、暗くなる少し手前で海にたどり着くことができた。 海のすぐそばにひと塊の小屋が見えた。ボートも3艘ほど浮かんでいる。しかしそれ以外はなにもない。見たところ店はなく、ただ人が住んでいるだけだろう。何家族くらい住んでいるかはわからない。しかし人の気配はほとんどしなかった。すこしだけ進んでみたが、誰も出てこない。たしかに人はいるとは聞いていたが、店や村があるとは言われていなかった。敷地内へと入っていくと、犬が一匹近づいてきて吠えてきた。疲れていたせいかなんとなく彼の言っている言葉がわかり、日本語でそれに答えて中に入れてもらえるように頼んだ。すると彼は急に静かになり、しずしずと後ろへ下がる。見逃してくれたのだ。まるでこちらの言葉が通じたように。知らんぷりをしつつゆっくり後ろをついてきたが、道の案内をたのむと途中まで付き合ってくれた。それでも、主人の家のほうまでは一緒に行きたがらなかった。知らない人を入れた責任を負いたくないらしい。小屋はいくつかあったが、どこも閉まっていて物音がしない。犬がたくさんいて、ときどきこちらに向かって吠えてくる。小さな柵のなかには線の細いニワトリが飼われている。これらは人が住んでいるという証である。一番大きな小屋へと近づく。光がもれていた。入口で様子を見ていると、なかのおじさんがひょっこりと出てきてこちらを見る。これはチャンス。あわてて声をかけ、テントを張る許可をもらった。それと同時に、店はないか、食べるものはないかと聞いてみたが、どちらも「ない」との返答だった。風が強くテントの設置に苦戦していると、そのおじさんは娘と一緒にこちらへ来て、小屋の横に張っていいと言ってくれた。娘がクッキーを一袋くれる。そして奥さんが出てきて「テントを張ったら中へお入り。スープを出してあげるから」と優しく言ってくれた。なかではインスタントスープとパンと紅茶を出してくれた。外から見ると簡素な小屋なのだが、内側はしっかりカーペットが敷かれ、テレビに家具に、ちゃんとした家庭だった。彼ら家族はお互いに仲がよさそうな雰囲気で、穏やかだった。おじさんがジョークを飛ばして娘と奥さんが笑う。奥さんは話をすすんでしてくれ、クールな性格の娘はこちらの言い分を「こういうことよ」と2人に通訳してくれる。彼らはチリの南部から仕事でこちらにきているようで、もう何年も住んでいること。海の仕事は大変で、人には全然会わないこと。ときどきアントファガスタや南にあるタルタルという村へ出向き食料を調達しに行くこと。娘はいま休学中なこと。チリ北部の水は鉱物が混じっているので水道水はこちらの人も飲まず、ミネラルウォーターを飲んでいること。この辺は物価が高いから、こういうインスタントのスープを買って飲んだらいいのではないか。そんなことを話した。特に話題がなくなっても、もっと話をつづけたいという感じだった。こちらが珍しかったというよりは、家族だけの生活が寂しかったのかもしれない。夜の10時近くになってしまい、断って寝ることにした。壁が防風を防いでくれたので、安心して寝ることができた。 [1回]PR http://yumenosukoshiato.ichi-matsu.net/chile/20181030caletaelcobre温かな、枯れた海の家 Caleta El Cobre