忍者ブログ

タルタルでタラタラしていた Taltal




さて、タルタルという町に入りましたので、この町の観光を……

といってもここ、全然大きくないので観光をするところはほとんどありません。
ここではのんびりと体を休めることにしました。


チリは小さな村でもとても立派。

南米ではこういうところは大抵どこも古く、くたびれているものです。

しかしチリは今のところ違っています。
広場は広くて整えられていて、建物もきれいで、道路もきちんとコンクリートやタイルで整備されているのです!

南米というよりは北米みたい。








泊まったホテルは、値段はチリにしてはまあまあといったところ。
でもとてもきれいなところでした。

コーヒー・紅茶飲み放題で、ネコもいて。


    ↑泊まったところ。広場から1ブロックまっすぐ行ったところにある




    ↑キッチン↓











ボリビアやチリのホテルはネコをよく見かける気がします。
なにか理由があるのでしょうか。

それとも、たまたま?





このキティというネコはとても人懐っこく、毎度体をこすりつけてきたり窓から部屋に入ろうとしてきたり。
この子、客への接し方をわきまえていますね、これは。


きつそうな性格をしてそうな女将さんはとても親切にしてくれて、いい部屋を用意してくれました。




ここタルタルは、砂漠に囲まれているのに緑が豊富で、海にはボートが浮かんでいます。

小さな海岸には、遊んでいる町の人たちを少し見かけました。










    ↑地震の多いチリ。津波警戒地域の看板がありました



大きなスーパーなどはなく、小さなスーパーが10軒ほど散らばっています。
ちょっと多すぎじゃないですかね?

どこも特定のものが安く他は平均の値段で売っているため、ジュースを買うならあっちの店、お菓子を買うならこっちの店、と行ったり来たりを繰り返していました。


レストランはどこも高かったので、できるだけ安くすませるために一日一食、パンとインスタントスープを薄めて食べていました。
そして pichanga ピチャンガという惣菜を買ってきて、食事はそれだけ。

ピチャンガというのは、ブロッコリーやニンジン、きゅうり、ペコロスなどの野菜と角切りのハム、チーズ、オリーブなどを酢といっしょに混ぜた料理です。
日本の漬物や酢の物のような感じで食べやすかったです。

この町では肉屋やスーパーの総菜売り場にいくとどこでも量り売りをしていました。


    ↑作っている途中のピチャンガ




いつも食べていたコンプレートというホットドッグは、ここでは1つ1300ペソ~(208円)とけっこう高値。

ソフトクリームは500ソル(80円)で買えました。


    ↑日替わりのソフト。この日はストロベリー味。かなりおまけして高く盛り付けてくれました


    ↑「アボカド」と聞こえたのですが全然アボカドの味がしなかったのですが、どうやら「ボカード」と言っていたらしくバニラと同じ意味らしいです。ややこしい!



そんな感じで、ここではあまり書くことがないのですが、
静かで優しい街並みのタルタル。

自分はここを気に入っています。


にほんブログ村 旅行ブログ 世界一周(自転車)へ

拍手[1回]

PR

ついさっきまで「海苔の漁師」だった人とドライブ ~ Taltal


目が覚めたのは8時ごろだったが、
"海の家"に住む家族たちは何も言わずに寝かせてくれていた。

起きてテントを片づける。
天気は曇っていて、潮風のせいか湿った空気が肌をつつんでいる。


自転車に荷物を積み終わったころ、昨日とおなじく家のなかへ招待された。

スープと紅茶をもらい、そのまましばらく彼らとおしゃべり。

おじさんがニワトリの世話をしにいくと言い、ほか2人も忙しそうにし始めたので、ここでおいとますることにした。

悲しそうな顔をうかべる奥さんと娘。
これでお別れ。

きっとここには二度と来ることはないだろう。






10時から走り出したが、この海岸線の道は風が強く、アップダウンも激しい。
道路もそんなにいいわけじゃないし、クネクネと蛇行していて走りにくい。
思っていたよりずっと時間がかかる。

家は時々1
~2軒現れる程度。
ひと気のないところも少なくない。


    ↑看板があり、村かと思ったら……


    ↑やっぱり小屋が数戸あるだけ


必死になって進むがなかなか思うようにいかない。
足が前に出ないのは、これまでの疲れが出てきているせいか。


そんなとき、軽トラが目の前に停まって……



ってまたこのパターンかい!



そう、またこのパターンです。

これから南にある地元の Copiapo コピアポへと帰るのだというその男性に乗せてもらえることになった。


この辺はどこにも店はないし、見どころもまったくと言っていいほどない。
砂と荒れた海とグレーの空だけ。

今の疲れ果てた状態でなん十kmなん百kmと進むのは、危険とはいかなくても好ましい状況ではない。

彼がピックアップしてくれて助かった。


その男が言うには、
これまで彼は海苔を採っていてさっきの家族同様"海の家"を借りていたが、ここ数か月間海苔がまったく採れなくなってしまい、今はほとんど収入がないらしい。

さらにアメリカの政策のせいか他国への輸入もあまり取り扱ってくれず、なかなか厳しいのだそうだ。

そこでこの仕事に踏ん切りをつけ、地元へ引っ越して別の仕事をするのだという。

たしかに後ろ座席を見るとテレビが置いてあるし、自分の足元には半分ほど空いた卵パックがあった。


もうスッカラカンだと、彼はペラペラの財布をつまみあげた。



この辺の"海の家"の人たちはみんな知り合いだそうで、途中の家で緑色のガソリンを購入。

すこしだけだが自分もお金を出し、ガソリンを入れるお手伝い。



自転車で走ると思うとげんなりするような道をスイスイ走りながら、色々な話をしてくれるスチュワートというこの男性。

なぜかイタリア語を少し話せるようで、ラジオでかかっているイタリア語の歌を陽気に歌ったりするゆかいな人だった。

ただ自分はというと、疲れと眠気と車酔いを耐えるのに必死で後半は元気がなくなってしまった。
すまなく思ってはいるが、これらはどうしようもない。



まだ明るい時間に次の町 Taltal タルタルに着いた。
自転車を降ろして荷物を積みなおし、スチュワートとお別れをした。

この先彼の人生がうまく行きますように。


    ↑「どう、よく写ってる? ハンサム?」と聞いてくるスチュアート



先ほどの道からは想像できないほど緑あふれたこのタルタル。







停車中のタクシー運転手から聞いた安宿は自転車を置けないということで拒否されてしまったので、その途中で見つけたちょっと気になったホテルへ行って、そこに決めた。

なかなかいい場所なので、ちょっとここでゆっくりすることにしよう。


にほんブログ村 旅行ブログ 世界一周(自転車)へ

拍手[1回]

温かな、枯れた海の家 Caleta El Cobre





炎天下でテントを張ると、室内の温度がとてつもなく高くなることをご存じだろうか。
だからテントを張るときは日陰を選ばなくてはならない。

しかし、ここは砂漠。
日陰になるところなどなく、すべて砂と小さな岩が敷かれた更地だ。

つまり、
朝は灼熱のもとで起きることになる、ということだ。
これは運命である。



この日ももちろん暑さで目が覚めた。
時刻は8時前くらいだっただろうか。
警戒するものがないため、ぐっすり眠れた。

昨日出したものを自転車に積んで、テントをたたんだ。





走り出してすぐに緑色の看板、そして右に曲がるT字路が現れた。
海に向かうことにした自分は右の道を選択。

そこからは道路がすこし悪くなり、ゆるいのぼり坂がつづいていた。
これが地味につらい。
そして、空にうかぶ太陽から激しい光線を浴びつづけると、体は急激に消耗していった。







今日くらいはもつだろうと思った水が、底をつきかけていた。
これはちょっとまずいのではないか。

もし海に出て、水が手に入らなければ終わり。

ペルーから大事に取っておいていたエナジードリンクの bolt もついさっき飲み干してしまった。


坂はどんどん急になっていく。

あせりを感じ始めたころ、
後ろを通りすぎた一台の軽トラが目の前で停まった。

「さあ、ボトルを出して」

空いていたペットボトルとウォーターボトルに飲料水を満たしてくれた。
ペルーから来たという彼らは、涼しいからこの先の海沿いを走って南下するらしい。

「この先は急なくだりが出てすごく危ないから気をつけてね。崖になってるから」

と、これまで何度も言われた忠告を受ける。

それほどまでに危険な場所なのだろうか。






    ↑日焼け止めクリームももらった



水が手に入ったので余裕が出てきた。
これなら2日は生きられる。

さらに坂が急になるなかで自分のペースで進んでいき、ついにトップと思わしき場所についた。

そこは展望台になっていて、ベンチやゴミ箱、車を停める木の枠が並んでいた。




    ↑高台から見下ろした景色。川が枯れた跡がある


鷹が2匹飛んでいて上昇気流に乗って高度を稼ぎながら、すこしずつこちらへ近づいてくる。
人間が残したエサを狙っているのかもしれない。

しかしここの風はとても強いので、落ちそうになったり持ち直したりと見ていてこっちがハラハラする。



そこからはサイドが崖のくだり坂から山間部へ、途中からアップダウンがあり、立ち入り禁止の坑道をすぎてラストは急斜面のクネクネ道。






    ↑鉱山の入口。立ち入り禁止と書かれていたので近寄れなかった



先が見えない、ブレーキでは止まりきれない。

崖に落っこちるという心配はないものの、これはさすがに歩いていくしかなかった。


まだかまだかと降りていき、暗くなる少し手前で海にたどり着くことができた。

 



海のすぐそばにひと塊の小屋が見えた。
ボートも3艘ほど浮かんでいる。



しかしそれ以外はなにもない。

見たところ店はなく、ただ人が住んでいるだけだろう。
何家族くらい住んでいるかはわからない。
しかし人の気配はほとんどしなかった。

すこしだけ進んでみたが、誰も出てこない。


たしかに人はいるとは聞いていたが、店や村があるとは言われていなかった。



敷地内へと入っていくと、犬が一匹近づいてきて吠えてきた。

疲れていたせいかなんとなく彼の言っている言葉がわかり、日本語でそれに答えて中に入れてもらえるように頼んだ。
すると彼は急に静かになり、しずしずと後ろへ下がる。

見逃してくれたのだ。
まるでこちらの言葉が通じたように。


知らんぷりをしつつゆっくり後ろをついてきたが、道の案内をたのむと途中まで付き合ってくれた。

それでも、主人の家のほうまでは一緒に行きたがらなかった。
知らない人を入れた責任を負いたくないらしい。



小屋はいくつかあったが、どこも閉まっていて物音がしない。

犬がたくさんいて、ときどきこちらに向かって吠えてくる。
小さな柵のなかには線の細いニワトリが飼われている。
これらは人が住んでいるという証である。

一番大きな小屋へと近づく。
光がもれていた。


入口で様子を見ていると、なかのおじさんがひょっこりと出てきてこちらを見る。
これはチャンス。

あわてて声をかけ、テントを張る許可をもらった。
それと同時に、店はないか、食べるものはないかと聞いてみたが、どちらも「ない」との返答だった。



風が強くテントの設置に苦戦していると、そのおじさんは娘と一緒にこちらへ来て、小屋の横に張っていいと言ってくれた。

娘がクッキーを一袋くれる。

そして奥さんが出てきて
「テントを張ったら中へお入り。スープを出してあげるから」
と優しく言ってくれた。



なかではインスタントスープとパンと紅茶を出してくれた。

外から見ると簡素な小屋なのだが、内側はしっかりカーペットが敷かれ、テレビに家具に、ちゃんとした家庭だった。


彼ら家族はお互いに仲がよさそうな雰囲気で、穏やかだった。

おじさんがジョークを飛ばして娘と奥さんが笑う。
奥さんは話をすすんでしてくれ、クールな性格の娘はこちらの言い分を「こういうことよ」と2人に通訳してくれる。


彼らはチリの南部から仕事でこちらにきているようで、もう何年も住んでいること。
海の仕事は大変で、人には全然会わないこと。
ときどきアントファガスタや南にあるタルタルという村へ出向き食料を調達しに行くこと。
娘はいま休学中なこと。
チリ北部の水は鉱物が混じっているので水道水はこちらの人も飲まず、ミネラルウォーターを飲んでいること。
この辺は物価が高いから、こういうインスタントのスープを買って飲んだらいいのではないか。

そんなことを話した。


特に話題がなくなっても、もっと話をつづけたいという感じだった。

こちらが珍しかったというよりは、家族だけの生活が寂しかったのかもしれない。


夜の10時近くになってしまい、断って寝ることにした。
壁が防風を防いでくれたので、安心して寝ることができた。




にほんブログ村 旅行ブログ 世界一周(自転車)へ

拍手[1回]

お釈迦様のような巨大な手が砂漠に浮かびあがる地 mano del desierto




この日は、ドアの激しいノックの音で始まった。

ドアを開けると、ここに泊めてくれたレストランを経営しているおじさんが立っていた。

促されてデジカメの時計を見ると、すでに朝の10時をまわっている。
しまった、寝すごした。


「疲れていたんだね」
と笑いながら去っていくおじさん。


顔を洗って準備をし、自転車とともに外へ出ていこうとすると、おじさんが入口の扉を開けてくれた。

マノ・デル・デシエルトへ行ってからもう一度戻ってくると伝えると、彼は町に買い出しに行くからいないだろうと話したので、そのまますこしだけ会話をした。

前にも自転車の旅行者が来て、ここに泊めてあげたそうだ。
その人とはメールで連絡を時々とっているらしい。

「大丈夫、神様が見ているから」
そういって見送ってくれたおじさんは実に幸せそうな表情をしていたのだった。



1時間ほど走り、マノ・デル・デシエルトへ。

砂の上に巨大な手のモニュメントが建っている。



これは一体なんなのか。
仏像を連想させられるが、宗教的なものなのだろうか。

西遊記を思い浮かべながら、その手にハイタッチしておいた。





    ↑手をかざして撮影。ほかにも同じように写真を撮る人多数


 
    ↑裏側もある程度ちゃんと作ってある


有名な場所なのか、こんな辺境なのに人が切れることなくやってくる。




帰りに軽トラの人たちから
「どっちに行くの? なにか必要なものはないか?」
と聞かれたので、

「特にないよ。ありがとう」
と断っておいた。

この感じだと、砂漠のなかを走っても助けてくれる人は多分にいそうだ。



レストランへと戻り、昼食をとる。
このさき何もない道を走るだろう。
今のうちに栄養をとっておかねば。


ちょうどそこで食事をしていたトラック運転手から、この先の道の情報を聞くことができた。


海へとつづく道はコンクリートがつづいているがくだり坂がかなり急で危険なので気をつけるように。
海沿いには一応人がいるから、水で困ることはないだろう。

とのこと。


一昨日のトラック運転手たちの話でも同じようなことを聞いていたので、これは信憑性があるだろう。


レストランのおじさんから昨日聞いた話では、
その海へ通じる道はよく知らないが、砂漠のなかを通る大きなルート5の道路はこの先しばらくくだりで、170kmほどで小さな町がある。俺はそこから来たから

と言っていた。

また別のルートでは、次の町までのショートカットにはなるが、上りがかなりあるらしい。


総合すると、ルート5で砂漠を突っきるか、海に出るかのどちらかがよさそうだ。


水に余裕がなく、ここで買うのも余分にお金がかかってしまうので、やっぱり海に向かうことにした。





店のおばさんと先ほどのトラック運転手にお礼とお別れを言い、昨日辿った道をもどっていく。

交差点まで来て、左折。

 


そのさき右折して小さな道路へと侵入するのだが、その前にテントを張って今日の走行は終わりとすることにした。

きつい坂道になるとテントを張るのが難しくなるかもしれないからだ。




ガス缶を出してお湯を沸かし、インスタントラーメンとコーヒーを作る。
風が強く火があおられて時間がかかった。


空は星で埋め尽くされ、南十字星がこちらを見下ろしている。

走ってきた坂の下を見てみると、雲が徐々に広がっているのが見えた。
砂漠の気温差のせいだろうか。


時おり車はくるものの、静かで誰もいない砂漠では安心して寝ることができた。


にほんブログ村 旅行ブログ 世界一周(自転車)へ

拍手[1回]

砂漠のなかのレストラン


この日はあまり眠れず、トラックの騒音で体を起こした。

朝の7時過ぎ。
外はまだ肌寒くて薄明るく、曇り空が広がっていた。


テントをたたんで近くの食堂を見て回ったがどこも高かったので、泊まらせてくれたお礼としてガソリンスタンドで小さなパンとコーヒーを購入し、それを朝食にした。



トラック運転手のために用意されたこの食堂通り、そのすみっこの店で目玉焼きと巨大なパンを食べている男性を発見。

人が入っているということは、つまりここなら安いのではないか。
そんな淡い期待をこめて訪ねてみた。

正直まだお腹がへっていたのだ。


しかし返事はほかと同じような値段で、卵3つの目玉焼きとパンだけで2500ペソ(400円)。
高すぎる。

あきらめて先に進もうと思った矢先、そのおじさんが
「いくら足りないんだ」
と声をかけてきた。


返答に困っていると、彼が同じものを注文して、
「俺が払っといたから払わなくていいよ」

昨日といい今日といいおごってもらえて助かるけど、なんだか申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

もちろん嬉しかったしありがたい。
でも自分が彼らに対してなにもできない無力感もすこし感じてしまう。


お礼を言って軽く話をしながら食事。
顔よりも大きなパンにかじりつく。



チリのパンはもちもちしていてとてもおいしい。
が、ここは乾燥した大地。
水分を吸収するパンはのどを通らず、食べるのが大変だった。




日焼け止めクリームを塗ったあとに出発。
工場を抜けるとすぐに交差点についた。


昨日地図をもらったときに、海に抜ける道が通じているのを知り、砂漠のなかを抜けずに海沿いへまわろうか迷っていた。

人もいるみたいだし、水や食料に困ることはないだろう。



 
    ↑青い線のところに道があるようだ


ということで、その道を右に曲がったのだが、ちょっと気になることが。
インフォメーションセンターで見たポスターだ。

それは Mano del desierto(マノ・デル・デシエルト、砂漠の手という意味)という写真だった。
google map でも同じ名前を目にしていた。


この交差点がこんなに近かったということは、その観光スポットへもすぐにたどり着けるのではないか。
それなら行ってみようではないか。
たしかその手前にレストランもあったはずだ。

そんなわけで道を戻り、大きな道路にふただび降り立った。


これが大正解。
実はこの交差点はアントファガスタへ戻る道であり、間違えだったのだ。


    ↑間違えそうになった道



そのまま真っすぐに進むが、予想とは裏腹にまったく辿りつかない例の観光スポット。

それはそうだ。
だって地図を読み間違えているもの。



ひたすら走り続けて本当のT字路に入り、ここで先ほどの間違いに気づく。


    ↑これが本物の分かれ道だった


もう時間も遅いし、このままレストランを目指したほうがいいだろう。
それほど遠くはないはずだ。
すでに閉鎖されているかもしれないが。



夕方にそのレストランに到着できた。

ドアが閉まっていたのでやっていないのかと思ったが、人がいるような物音がする。
開けて入ってみると、ちゃんと営業しているようだ。

さすがに無人の砂漠とあって値段は高めだったが、それでもここで補給できるのはありがたい。
食事をして飲み物を買う。




店のおばさんに話を聞くと、自転車ではここからマノ・デル・デシエルトまでは1時間くらいかかるそうだ。

今日行こうか考えたが、疲れたし寝不足だったので、明日見にいくことにしよう。


テントを張っていいか聞いてみると、しばらく待っててと言われた。
1時間後ほど待つとそこの主人がやって来て、
「15匹ほど飼っている犬が暴れるかもしれないから、中で泊っていきなさい」
と部屋を貸してくれた。

しかも無料で。



壁に囲まれた中庭状になっている場所では小犬を守る母犬が日陰で横になっている。

水道があり、壁には扉が6つほど見える。
そのひとつが使ってもいいと言われた部屋で、ベッドが2つ入っていた。
シャワーやトイレも自由に使っていいと言ってくれた。




さっそくシャワーを浴びてひと眠りし、起きると夜の10時。
2時間ほど本を読んでから再度眠った。

よほど疲れているようで、すぐに寝入ってしまった。

 


にほんブログ村 旅行ブログ 世界一周(自転車)へ

拍手[1回]

トラック運転手の心意気 La Negra


この日は、すべてが遅れていってしまう日だった。


・アントファガスタ滞在中に一度ホテルを変えたのだけど、そこの鍵を返すときにホテルのオーナーたちと話をしていたら数十分すぎてしまう。

・町を出る前にもうひと稼ぎとオカリナを吹いてバスキング(路上パフォーマンス)していたら1時間過ぎてしまう。

・ずっと見つけられなかったインフォメーションセンターをこの日に見つけ、チリの地図とこのあたりの地域の地図、今さらながら町の地図をもらい、話を聞いていると時間がすぎてしまう。

ちなみに、地図には海沿いの道があることが判明。
少ないながら人もいるそうだし道もそこまでひどくないらしい。
急きょそちらのルートに進もうか迷う。


そんなこんなで出発が午後3時をこえてしまったのだった。


    ↑バスキングはこんな感じで帽子を置いて吹いていた


海沿いに自転車用の道がつづいていたのでそれをたどっていくと、
途中で切れて道がわからなくなった。

工事のおじさんたちに道を聞き、まがり道を間違えてさらに時間をロス。

市街地で行ったり来たりを繰り返し、ようやく本道へ入った。



    ↑海沿いの道


    ↑このような自転車道がある


    ↑遺跡のようなところもあったが、見に行く時間はない



その先はひたすら砂漠の山道で、ここで特筆することは何もない。



あえて言うなら、
チリに入ってから今でもずっと、車乗りの多くがこちらにクラクションを鳴らし手をふってくれることだろうか。

これまでにも挨拶してくれる車が多い地域は多数あったが、それは狭い範囲内のことであり、特定の場所をすぎると減る傾向にあった。
ここまで広域で手をふってくれる車がいるところは結構珍しいのではないだろうか。

それはもしかしたら、トラックが多いからなのかもしれない。
そういう気を使ってくれる人は、トラックの運転手が多かったからだ。



    ↑走っている最中に見た看板。ゲームのコマンドのような矢印が書かれているが、ばくれつけんでも出すのだろうか。おもしろいデザインである



暗くなってきたころに La Negra ラ・ネグラというところに到着。
「黒」という名のその場所には工場が立ち並んでいた。

道路を走るたくさんの大型トラックが忙しそうに通りすぎてゆく。


店やガソリンスタンドが並ぶところがあり、そのうちのひとつ、簡素な食堂へ。

立ち食いソバ屋みたいなそこでほかの客が食べていたものの値段や物の名前を質問する。
店員は忙しそうでこちらに見向きもしないので客たちへ聞いた。
彼らは自分のかわりにその「豚の炭焼き」を注文してくれた。


するとその客たち、彼らはトラックドライバーなのだが、「これで食え」とこちらにお金を渡してくれたのだった。

結局3000ペソ(480円)全部払ってくれたその豚肉のおいしいことおいしいこと。

だってずっとホットドッグばかり食べていたから。
栄養がかなり偏っていたのだろう。
力がみなぎるようだった。





店を出て、大きな道路の中央分離帯に建つ派出所で、今度は警察官と会話。

「泊まる場所はないからガソリンスタンドで泊ったらいい」とのこと。
トイレも食べるものもあるから、と。

まあ、最初からそのつもりだったんだけどね。


copac という大きなガソリンスタンドでテントを張っていいか尋ねると、端っこだったら OK だと言われる。

そこを見てみると、隙間のあいたマンホールがあった。
ペルーでは、そこからゴキブリが大量に出てきたのを思い出した。
というか、すでにもう数匹見えている。



そのガソリンスタンドはやめて、最初に目をつけていたもっと小さなガソリンスタンドへ行き、テントを張る許可をもらった。

申し訳ないことにほとんど何を言っているのかわからなかったが、どうやら
「ここは電気があまりなくて危険だからこっちのほうがいいのではないか」
と色々提案してくれたらしい。

車が来ないよう三角コーンも、気づかないうちに置いてくれていた。



犬が飼われていてこちらのことを警戒していたが、テントを張るとここに居座ることがわかったのか落ち着いたようだ。


まわりは工場の稼働音とトラックの音の大合唱。
それは朝までつづいていたのだった。


にほんブログ村 旅行ブログ 世界一周(自転車)へ

拍手[1回]

とくに何をするでもなく砂漠の疲れを癒すのだ Antofagasta




けっこうな都会のアントファガスタ。
ここには色々なものがそろっているので、必要なものをここでそろえておきましょう。
観光というよりはつぎの準備と休養に重点を置いてすごしたいと思います。


まず行ったのはショッピングモール。
中心部の近くの海岸にはモールがあり、ここにはアウトドアショップが入っていました。



小さいながらもガスカートリッジなどが置いてあったので、おそらくチリではガスをガンガン使っても補充できるでしょう。

アラスカで買ってエクアドルで失くしたせっけん入れなんかもあったり。

ザックカバーの替えやその他必要そうなものを買いそろえました。


ゲーム屋もありましたが、Xboxのコントローラは高いものしか置いていないようだったので、カラマで買ってよかったと思いました。


こちらは本屋。



なんと座って読めるスペースがあり、wi-fiも通っているようです。
座れる立ち読み。


ペルーでよく飲んでいた Juan Valdez Cafe フアンバルデスカフェもありました。



抹茶味が提供されていて、なかなか売れているようでした。



このチェーン店の nevado ネバードというフラペチーノがおいしいんですが、こちらはペルーの1.5倍のお値段。
高い!!

ほかに、シャツがボロボロのビリビリになってしまっていたので新調したりしました。



道を歩いていると、南米の串焼きアンティクーチョが。



これで1000ペソ(160円)。
ペルーよりでかいけど高いです。
うーん、総合的に見て高いのか安いのかわかりません。


ホテルの場所を教えてくれた人が働いている店にも再度入りました。
エンパナーダを注文。



こぶし大の大きさで米と鶏肉と卵などが入っています。
ソースとドリンクもついてこちらも1000ペソ(160円)。

高いのか安いのかわかりませんってば。



こちらのソフトクリームは味が濃くてなかなかおいしかったです。



大体450~500ペソ(72~80円)でした。
チリにしては安いほうなのでは。
小さいけど。



コロンビアでお世話になったトウモロコシのパン、アレパも売っていました。
この町にはコロンビア人がけっこうな数が住んでいるようで、いくつか見受けられました。




あとは、なぜか寿司屋も多かったです。
カラマもそうでしたが、一体なぜ?
流行っているのでしょうか。




日本公園という名前の場所があったので、ちょっと散歩がてらに行ってみることに。



石灯篭に菖蒲やあやめっぽい葉っぱ、和風の橋。
たしかに日本風ですね。

小さな公園なのですが、若いカップルが数人デートしていました。
とっとと退散します。



一方中央広場では、



ビートルズのカバーをするバンドマンたちや、



ラップバトルで通りをにぎわせるパフォーマーたち。
平日は毎日と言っていいほどなにかしらのイベントをやっていました。

路上パフォーマンスをする人たちも、ちらほらと。
しかもみんなうまい。


自分もやんなきゃなぁ、と思いながら怖気づいてしまいます。

勇気をだしてやってみても……

成果は微妙な結果で終わりました。


もっと練習しなきゃ!



カラマとは打って変わって天気が悪いことも多く、肌寒いアントファガスタ。

海風もあいまってジメジメしているのはちょっと嫌でしたが、気温的には過ごしやすく、ゆっくりと体の疲れを癒しました。


ネットの生放送もたくさんしてみました。

そうしたら、ノートパソコンのファンが壊れたようで異音がし、その後動かなくなってしまう事態に。
熱が逃げないので、CPUをたくさん稼働させてしまうゲーム類はあまりできなくなってしまいました。



つぎのルートは、無人地帯の砂漠を通らなくてはなりません。
ちょっと心配です。

どうなる事やら。


にほんブログ村 旅行ブログ 世界一周(自転車)へ

拍手[1回]

導かれるままに Antofagasta




朝の7時にテントが叩かれ、こちらに向けてなにか言ってくるおじさん。

チリの人たちは早口でもごもごしゃべるのでよく聞き取れないが、どうやらテントを張っていいのは朝の7時までだったようだ。


この時期の7時はまだ暗い。
それでも、急いでる風にのんびりとテントを片づけ、支度をする。




さっきのおじさんは仕事で、この場所の整備しないといけないらしかった。

掃除をしながら
―― niño 男の子
そう呼んでいる小犬をかわいがるおじさん。

さっきまであんなに怒っていたのに、今ははしゃぎ回っている犬の姿を笑ってこちらへ見せてくれる。
そして
「どこから来たんだい?」


態度が真逆に変わったおじさんとしばらく話をする。
人間というのはよくわからないものだ。

区切りのついたところでお別れを言い、この"オアシス"を出発した。



ここから道路は広くなり、ときどき太陽光発電を利用した電灯も並んでいたりする。

砂漠のなかに立ち並ぶ電灯はすこし不自然な光景だった。




    ↑この先はこんな風になっているらしい。大まかすぎてよくわからない


このカメラの看板はおそらく絶景ポイントだろう。


しかしまわりは完全に砂漠。
砂しかない。

「なにを撮れと言うのだ」
とつぶやきながら一応まわりを写してみる。



ふつうの景色だった。



ここから下り坂がつづき、動くことなくバランスをとるだけで爽快にタイヤを転がすことができる。

疲れている体にこれは嬉しい。


すぐに次の村が見えた。
Baquedano バケダーノという、お化けが出そうな名前の村。
工場と鉄道の駅、そして家々が小規模にならんでいるところだ。



  
    ↑入口手前には砂漠の緑化活動の跡がみられる


見つけたレストランの食事は3200ペソ(512円)だった。

体は栄養を求めていたが、高かったのでスープだけを注文しようとすると、プレートのみの料理を2000ペソ(320円)に値下げしてくれた。
これは大変ありがたい。

サラダが多すぎて食べるのが大変だったが、とてもおいしかった。




村のなかを見てまわる。
人は警戒心が強い印象だが、建物は明るくて雰囲気はいい。




    ↑力士の絵が描かれたホテル兼レストラン


体が疲れていたので今日はここで休もうとも思ったが、まだ早すぎる時間だしあと少し進んだほうが明日楽になるだろう。

もうちょっとがんばることにした。




村を出ると、またあのカメラの看板が。

「だからなにを撮れと……」

一応写真を撮っておくが、やっぱりなにもない。



……と思っていたが、今このブログを製作中によく見たら、なにか写っているではないか。
これは、

 

地上絵だ!!


え、うっそ、
なんでこんなところに?

ふつうの幹線道路のわきに地上絵があるなんて。

ああ、実際に目で見たかった。
でもたまたま写っていただけでも幸運だったのかもしれない。




のぼり道を歩いていると、大型のトラックが停まって
「Antofagasta アントファガスタまで乗ってくかい?」
と誘われる。


え、また!?


しかし悩む自分。

大きな町に入る前に少し休んでおきたかった。
ホテル探しに時間がかかると面倒だし、どうしよう。

それでもトラックのおじさんの乗ってけコールに負け、乗せてもらうことにした。
自転車はうしろの荷台奥に倒しておき、助手席へ乗り込む。


思えばこの道はトラックに始まりトラックで終わったルートだった。



彼はベネズエラ出身で、こちらへ働きに来ているようだ。
ベネズエラは治安が悪いし、こっちのほうが儲かるから、と。

どおりで彼のスペイン語は聞きやすいはずである。

チリのスペイン語は全然聞き取れないと言うと、口をよこに開いて大きな笑顔を見せてくれる。



途中の山道で検問があり、警察官がこちらのパスポートを見ながら片言の英語で世間話をしてくれた。

警察官は世間話が好きなのだろうか。
ボリビアでもチリでもこんな調子だ。

親切ではあるし、こちらとしては助かるのだけど。




坂を登りきると、目のまえに背の高いビルが現れた。
アントファガスタは思っていたよりずっと大きな町のようだ。



「中心部に行く? それともビーチに行く?」

「どっちのほうが安いかな?」

「どっちも同じくらいだよ。おれはビーチのほうに行くけど」

「じゃあ、ビーチで」

ということで海岸沿いをずっと走ってもらい、降りる。

この近くに安いホテルがあると彼は言うがまったく見つからず、結局中心街へ行くことになった。


    ↑乗せてくれた人


    ↑海沿いの道からダウンタウンへと移動しているところ



    ↑中心部の公園


適当に歩いていると、スナック屋のお兄さんや道を歩くおじいさんが安いホテルの場所を教えてくれた。

最近はあまりホテルを自分で探していないなぁ。
ホテルマイスターの名が廃る。

それでもそこはなかなかいい場所で、ネコもいるし広くて居心地がよかった。
掃除はされているがあまりきれいではない。
それでも窓付きの広い部屋はすてきだ。





 


にほんブログ村 旅行ブログ 世界一周(自転車)へ

拍手[1回]

        
  • 1
  • 2