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コックで占い師見習いの娘のいえ ~ Tiquillaca




カバニージャスからホテルのおじさんに見送られて出発。

事前に情報を手に入れていた通り、おじさんも「Juliaca(フリアカ)は危険だ」と言っていた。
フリアカ方面のほうが道路は整っているらしいが、あまり入りたくはないので裏道からプーノへと向かう。





道を少しだけ戻ってMañazo(マニャソ)方面へ。
おじさんの話では、最初はガタガタだけど途中からすぐにきれいになるらしい。





山道を歩き、歩き疲れて休み、そしてお腹が減った。
道ばたで休んでいると、タクシーやパトカーがこちらの様子を見に来てくれる。

「乗せてくかい? 15ソルでプーノのホテルまで」
「もうちょっとでマニャソだよ。僕たちはこの辺ずっとパトロールしてるから」

そんな話をして別れた。

息がすぐに上がってしまう。
酸素が少ないようだ。

坂を登りきり、マニャソ村へ。


    ↑村が見えた!



    ↑広場へ


ここも広めできれいな村だった。
もしゆっくりできるのならここでも一泊して観光するのだが、まだ昼だしせっかく晴れているので、天気が崩れるまえに先を急ぐことにする。

教会を見学してから昼食を食べて、すぐに村を出た。











    ↑「来てくれてありがとう」と書かれている


畑が広がる道を走る。

この道はコンクリートで走りやすい。
景色もよくて、とても気持ちよく走ることができた。





こういう道を走っているときが一番楽しい。
自転車を使っていてよかったと思う瞬間だ。

ただひとつ気になったのは、途中で「ピン」という甲高い音が後ろから聞こえたこと…





10km先の村、Villete(ビジェテ)にはあっという間に着いた。
村に入るなり男性に声をかけられ、このあたりの話をする。

広場もきれいで、マニャソとは違って人は全然いないがここもステキな村だった。



そんな広場で気づいた。
荷台のつなぎ目が割れていることに。

さっきのピンはこれだったか!!




ショックを隠し切れない。
片側は無事なので何とかなっているが、このままではあまり激しく運転することは無理。

落ち着くためにここで一泊するか考えるが、こうなってはできるだけ早くプーノに着いたほうがいいだろうということでそのまま先を急ぐことにした。

山と緑の美が広がるなか、心中では不安が渦巻いていた。
これ以上壊さないためにあまりスピードは出せない。
しかもここから悪路に変わり、自転車をかばうため歩くことにした。




せっかくきれいなのに、自転車が壊れただけでこんなに不安を感じる。

よく思うことなのだが、長い付き合いのサイクリストと自転車というのは一心同体に近い存在になるのかもしれない。





    ↑道の脇には畑が広がっている


    ↑毒々しい色のたんぽぽ



さらに次の村、Tiquillaca(ティキジャカ)が見えたころには午後2時過ぎ。

この先には坂が立ちふさがっており、道もさらに悪い。
天気はいいけど、ずっと砂利道と坂がつづけば休憩もたくさん必要だろう。
さらに自転車の負担を減らすために、無理なペダリングは避けたい。
となると、プーノまで8時間はかかる。

このまま強行突破で進むか、この村で泊まるか。
とりあえず村に入ってから決めよう。


中に入ってはみたものの、先ほどの2つよりパッとしない。
民家が集まった小さな村、という感じだった。
食堂もなく、もちろん宿もなかった。

広場にあった店で話を聞いてそのことを悟り、先ほどあったガソリンスタンドでテントを張らせてもらうかこのまま行ってしまうか考えていると、おじいさんが「こっちにこい」と言ってくる。
どうやら家に泊めてくれるみたいだ。

「隣は警察官が住んでいるから心配いらない」

というおじいさん。
心配だったが、その押しに負けてついていくことに。


木の扉をくぐると小さな庭になっていた。
奥にはさらに小さな小屋が見える。
そこに泊まらせてくれるようだった。


    ↑この子ネコはとても人懐っこかった


    ↑おじいさんと遊びに来ていた兄弟


村を見て回ろうとしたところ、おじいさんもついてきてしまった。
歯がなく言っていることが聞き取れないし、さらに酔っているようで同じことを何度もしつこく聞いてくる。
ひとりで練習しようとしていたオカリナも落としてしまいところどころ傷でへこんでしまう。

すべてにげんなりしてここを出ようかとも考えた。
もしここに彼の娘が住んでいなかったら、すぐに去っていただろう。

彼女はおじいさんの通訳を(といってもスペイン語からスペイン語へなのだが)してくれ、そこの暮らしについてひたすら説明してくれた。
こちらが暇をしないように気を使ってくれたのだろうか。




「畑があるの。見たい?」

ついて行ってみると、そこには大きな豚と子豚が数匹。
食べるために飼っているのだそうだ。
「お金が無くなったら売りに行くから、銀行みたいなものね」

それから麦やジャガイモが植えられている畑。
結構な大きさだった。
今まで走っていた道は全部だれかの畑になっていて、そこから村の食卓に並んだり時々町に売りに行ったりするのだという。


    ↑新じゃがらしい


自分が夕食が食べられるところを探していると言うと、今度はキッチンへ。
料理を作ってくれるそうだ。

本当は夜はほとんど食べないらしい。
寝るときに内臓が活動してしまうからだという。
普段は昼にちゃんと食べて、朝と夜は軽く済ませるのだそうだ。


手の甲の日焼けを見たおじいさんが娘になにかを伝えた。
そして持ってきたのが、草。



かすかに青くさい匂いのするもので、これは怪我にいいらしい。
それを絞ってつゆを出し、ふたりで手の甲にこすりつけてくれた。
皮がめくれた手にはちょっと痛かったが、心地よかった。

そういえばコロンビアでもこんなことがあったっけ。


※ここでこすってもらった葉っぱはたしかサルディアと言っていたので、コロンビアと同じものっぽい。でも見た目全然違うんだけどなぁ。


娘は料理のつづきをし、遊びに来ていた女の子がお手伝いをする。



乾燥したフンと蝋(ろう)を燃料にかまどに火をつける。
これはミスミ山の小屋でも見た光景だった。

煙が充満して一酸化炭素中毒になりそうな勢いだったが、火が落ち着けば煙も消えるらしい。

鍋に穀物のようなものを入れて、煎っているようだ。





こちらパンがないときにこのように煎ってお茶と一緒に食べるらしい。
名前は忘れてしまった。
たしか"豚のパン"みたいな意味の名前だった気がする。



料理をしている間も色々なことを話してくれた。

3歳のころにお母さんが動物に噛まれて死んだこと。
おじいさんが昔コックをしていて、彼女も料理を学び、以前はプーノのレストランで働いていたこと。
おじいさんはコカの葉で未来を予知できるらしく、彼女も練習中なこと。
遊びに来ている兄弟は母親に育児放棄されていて、しかも暴力も振われていること。


それから、チバイのカフェでも話のタネになっていた"豚の顔"を見せてくれた。



ペルーではこれを調理して食べるらしい。


そんな話をしている間に料理はできあがった。



食べている途中、遊びに来ていた兄弟の母親が探している、とここに住む息子が2人を呼びに来た。
「帰りたくない! おねがいだからここにいさせて」と泣く姉。
しかし2人は帰っていったのだった。



暗くなり、雨が降ってきた。
しだいに雨足が強くなる。
庭に置いていた自転車はブルーシートをかけてもらった。

ベッドが3つあり、そのひとつを貸してくれた。
ビデオを一緒に見ながら、そのうちみんな寝てしまった。


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