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つまってます。 Matarani



マタラーニという村に来て、いくつ日が経ったのでしょう。
この村で、つまってます。

首の怪我はもうとっくに治ったんですけど、寝坊で何度も出発を延ばし、一度出発しようとしたらタイヤが破裂し、いつの間にやら長期間の滞在となってしまいました。
住んでいたと言ってもいいくらいに。


その間も、酔っ払いにたかられて酒代を払わされそうになったり、仲良くなった人と待ち合わせをしてすっぽかされたり、祭りがあったのにどこでやっているのかわからずに行けなかったりしたわけなんですが、

そんなマタラーニでの写真が溜まっているので、ここで吐き出そうと思います。

安心してください。
今はもうマタラーニを出て、すでに別の町にいますので!



まず、マタラーニの広場から。
あまり大きくない街なのですが、なぜか広場が2つあります。
そのうちの一つ、ひと気が少ないほうです。

 

芸術的な像なんかが立っていて、とてもきれいでオシャレな雰囲気。



奥にスタイリッシュな教会もあります。
終日閉まっていたので中は見れませんでした。

人は少なかったのですが、子どもたちが汗をかきながらダンスの練習をしていたりペンキを塗っていたり、村の生活感あふれる風景が流れていてほっこりしました。
実は写真の後ろにも広場が広がっており、かなり広くてゆっくりするにはいいところでした。

この広場沿いに穴場の安い商店があって愛用しました。


ここを奥へ行ってみると、



坂の下に海が見えますね。
行ってみましょう。



坂をくだりながら横に顔を向けると、砂漠の山並みがあります。

奥の小さなポツポツが見えますでしょうか。
カラフルなレゴブロックみたいなの。

あれも家なのです。
あんなところにも人が住んでいるんですね。


海に到着しました。



船がたくさん泊まっています。
漁船でしょうか。



可愛らしい灯台も。




“トイレをしちゃいけません”の看板。
立ちションは皆どこでもしているので、こんな注意書きができるんですね。
しかしみんなこのルールを守るかどうか・・・・・

海を眺めながら、久しぶりにオカリナの練習に励みました。


ホテル近くの家。



これ、すごくよくないですか?
主人が漁師なのかなぁ。
家のなかがどうなっているのかが気になりますね。


夜にかよっていたレストランでの一場面。



注文後にお湯が出てきて、ハーブティや紅茶、コーヒーの中から選べます。

素晴らしい。

お湯は少ししょっぱいような、若干トロッとした感じもしました。
海水をろ過しているのでしょうか。



もう一つの広場に行ってみましょう。
こっちはたくさんの人がたむろしています。



電気屋のテレビに熱中する男たち。
サッカーの試合中です。
ゴールするたびに湧き上がる観衆。




ブラックジャックをする村人たち。
Aは11固定というハイレベルなルールです。

一緒にやるかどうか誘われましたが、ディーラー役の人が結構いい加減だったので見るだけにしておきました。




こちらはすごろく。
毎日暗くなるまで誰かしらこのゲームに興じているという人気ぶり。


こちらはお祭りのポスターです。



ダンスの日は見逃してしまいましたが、その数日前に行われたパレードは見ることができました。

日ごろダンスを練習している人たちを何組も目にしていたのですが、この日に合わせていたんですね。



『アナと雪の女王』のコスプレをする子どもたち。




クラッカーが結構うまく撮れたので。


これらパレードはそれぞれ審査されているみたいです。
司会者がマイクパフォーマンス風にチーム紹介をしているのが本格的。

ブラスバンドに合わせて踊るペルーのダンスがとてもカッコよかったです。
いつもなら「ふーん」と見逃してしまうものですが、きっと毎日練習していたのでしょう、飛んだり回ったりしゃがんだり腰を振ったり、どこもレベルが高くて見ていて飽きなかったです。

そして、ダンスができない自分にはちょっとうらやましくもありました。
こんな風に楽しくカッコよく踊れたらなぁ、と思いながら眺めていました。


さて、最後に自分が泊まっていたホテルの写真で締めたいと思います。



30ソル(900円)のところ、連泊する旨を伝えると25ソル(750円)に値下げしてくれました。
時々wi-fiが使えなくなりますが、温水のシャワーもガンガン出るしホテルを経営する人たちやそこの子どもたちも親切でいいところでした。


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ATMがないので探しに行こうとしたら同行者を伴った話 Mollendo


首を痛め、マタラーニというところで休んでいる。
徐々にではあるが痛みは引き、首の可動域も広がってきた。
薬局で買った薬が効いたのかもしれない。


それにしても、

お金がない。


このへんは食堂の値段が高く、8ソル(280円)でも平均かちょっと安いくらい。
今まで6ソル(210円)の世界で過ごしていたので、非常に高く見える。

1日の食事回数を減らして節約してはいるが、それでも財布の中身は溶けてゆく。


そろそろATMからお金をおろさないといけないが、この村の銀行に行ってもATMはなく、受付でも無理だと拒否されてしまった。
しかし、親切に隣町にはあるという説明をしてくれた。

しかも幸運なことに、銀行にいた作業員がそっちに用事があるというので、一緒について行ってくれることになった。


止まっているタクシーに乗り込む。
さっきの話では車で15分くらいかかると言っていたので、タクシーだったら20ソル(700円)くらいするかもしれないと構えていた。

でもこのタクシー、乗り合いである。
なんと3ソル(105円)で隣町Mollendo(モジェンド)へと運んでくれるのだそうだ。
それなら安い!
しかも作業員が払ってくれた。

ちなみに乗り合いバンだと2ソル(70円)で移動できる。


モジェンドに着き、作業員の男性と一緒に銀行へ。
無事お金をおろすことができた。

「俺は銀行でちょっとだけ仕事があるから、もし30分後ここに戻ってきてくれるんだったら帰りの車にも案内できるよ」

それはありがたい。
ぜひそうしてくれ、とOKサインを出した。


暇なので町を回ってみる。
結構大きな町なようで、人も結構多い。


    ↑海に近い広場

店やホテルがたくさん並んでいる。

ああ、こっちに泊まりたかった。移ってこようかな。

と考えたが、モジェンドとマタラーニ間は微妙に距離があり、その間の道は崖でトラックも多い。
首も痛いし、できれば走るのは遠慮したい。




    ↑なんか”さびれたディズニーシー”って感じの雰囲気↓





    ↑この青い電車は観光電車だろうか


    ↑建物の感じは好き。中はどうなってるんだろう


    ↑町の中心部


小さなスーパーで買い物をしたら30分を過ぎてしまった。
銀行へ戻ってくる。

「もう少し待ってたら来るから」
そう教えてくれた銀行の警備員さんと少し話をしていたら、やあと手を挙げた作業員がニコニコと戻ってきた。

ちゃんと時間を守るペルー人は珍しいと思う。



腹が減ったので安い食堂を探すことに。
しかしこの町も物価が高く、作業員が交渉してくれたが、それでもどこも9ソル(315円)オーバー。

作業員のほうは、値段はいくらでも気にしないと言うので、
「じゃあ待ってるから一人で食べて」
と伝える。
自分は食べなくていいや。

作業員が12ソル(420円)する料理をメルカド(市場)で頼んだので、隣で座って待つ。

「俺は値段より量が重要なんだ。この仕事は収入がいいからね。だから店の人がこの作業服を見たら値段を釣り上げたりとか、値下げに応じてくれなかったりするんだよね」

なんて話をしていると、
はい! と出てきた2人用の皿。

食堂のおばちゃんが間違えて2人分用意してしまったようだ。


注文と違うのでこちら2人は戸惑ったが、
「いやいいよ、これで問題ない」

彼が払ってくれるというのだ。
ここに来るときのタクシー代も出してもらったのに、なんか申し訳ない。


    ↑タコや白身魚のセビーチェ(酢の物)とアロスコンポジョ(緑のご飯に鶏肉が乗ったチャーハン)の山盛り


    ↑ガンガン食ってる

食べるの早いね、と言うと、

「ペルー人はみんな早食いで大食いなんだよ。だから病院はいつも満員なんだ。ははは」

楽しそうに話しているが、冗談なのか本当なのか区別がつかない。


ほかにも、


「となりの国のエクアドルとペルーは仲がよくなくて、ペルー人はエクアドル人のことをmono(猿)と呼んでいるんだよ」
※たしかにエクアドル人はみんなちょっと田舎っぽい顔立ちだった。

「じゃあコロンビアは?」

「コロンビアもそうだよ。カフェ~(長くて忘れた)って呼ぶんだ。ははは」


というような地元ネタを聞かせてくれた。


おごってもらってばかりだと悪いので、こちらもなにかおごってあげたい。
「ハンバーガーがいい」というのでそれを買ってあげた。
嬉しそうにしてくれていたが、本当は腹がいっぱいだったのではないか。
ちゃんと喜んでくれたか定かではない。


乗り合いタクシーに乗り、お別れした。

そういえば名前も聞かなかった。
彼はアレキパに住んでいるらしく、仕事で毎日いろいろな町に顔を出すのだそうだ。
そんなだから、きっともう会えないんだろうな。


久しぶりに大きめの街を見て回ったり、彼のおかげもあって、なかなか楽しい小旅行となった。



そしてもうひとつ、言っておかなければならない。
モジェンドのメルカド近くの角にアイスクリームやシャーベットが売っているカフェがあるのだが、そこの10ソルのフラペチーノがおいしかったことを。

その店でフラペチーノの出来上がりを待っていると、みんな角切りのシャーベットを頼んでいるのが目についた。

気になる。
手作り感があってちょっとおいしそう。

何というものなのだろう。
いつか試してみたいので、脳内にメモしておいた。


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ひたすら待つ Mataraniまで


あのね、

リマの日本人宿のオーナーさんに言われてたんですよね。
ペルー人は時間にルーズな人が結構いるよって。

ルーズっていうか、すっぽかされたんですけど。
リマで待ち合わせしてたら。

そういう人って、その後も何度もやるよって、
言われてたんですよね。



トラックに寝かせてもらって翌日。
運転手のハイメさんは早朝に出発する、と言っておきながら、まったく車まで来る気配がありませんでした。

昼になっても来なくて。
で、ハイメさんの家はインターネット屋とレストランを経営しているらしく、そこの店の人に言って呼んでもらいました。

そしたら、
やっぱり明日にする
って。


リマで起こった悲劇がよみがえります。

またなかったことにされるのではないか。


トラックのバッテリーがあがってしまったので、それを買いに行かなくてはならなかったらしいんですけど。

それ言いに来てー。
こっちはわかんないよー。


で、今日行かないならね、
シャワーを浴びたいし、ブログを更新したいし、カメラの電池もう切れるし、
ということでね、この日ホテルに泊まることにしました。

ハイメさんもついてきてくれて、
「じゃあ明日の朝6時から8時の間に迎えに来るからね」
と別れました。


ホテルのスタッフも気さくだけど結構フォーマルな対応をしてくれたり、ネット回線も良好だし、大きな窓があって部屋に光がいっぱい入ってきて、ものすごくいいところだったんですけど、
なにぶん値段がちょっと高め。

だから2泊はきついなーと思ってたんですね。
でもいいだろう、と。
だって明日出発するんでしょ?


翌朝、

迎えに来てくれませんでした。


12時にチェックアウトだったので、あせってハイメさんを大声で呼びに行きました。

ネット屋のおばさんが
「もうちょっとで来るから、静かにね」
と言われるほど怒鳴り声で呼びました。
のどが潰れた。

ハイメさんは、
「仕事が入ってリマに行くことになるかもしれないから、まだ待ってて」
とのこと。

だからそれ知らせてー。
こっち知らないよー。



荷物と自転車はレストランに置いておいていいと言ってくれたのでホテルを出ます。
翌日リマ行きになったら一緒にはいけないけど、今夜はトラックで寝ていいから、
と言ってくれるハイメさん。

そして申し訳なさそうな顔をしながら、
「食事をごちそうしてあげるよ」
と料理を提供してくれました。




ここのパン屋で気に入ったパンをほおばり本を読みながら待ちます。
夜になったらトラックに乗り込み、休む支度をします。


ちなみにこのとき首をおかしくしています。

ホテルを出るときに、そこのスタッフが土をロープのついたバケツに入れてホテル屋上まで引っ張る作業をしていて、それがもう楽しそうで楽しそうで。
で、やらせてもらったら、バケツが思ってた以上に軽すぎて、体重を後ろにかけすぎてこけちゃったんですね。

ザックを背負っていたので、背中をついたら首の後ろにだけスペースが空くじゃないですか。

こう、ガクンって。

首筋をおかしくしてしまいました。
ずっと寝違いみたいになってんの。


荷物降ろしてやればよかったね。

ま、とにかく首をあまり動かせない状態だったので、どちらにしても今日は動かなくていいのは助かります。


    ↑1ソル(35円)のパン。中に甘納豆を甘くしたようなもののペーストが混じっている


暗くなり、
「仕事先からなんの連絡もないから今日の深夜に出発する。今のうち寝とけ」
とハイメさんが言いに来ました。


夜1時に起こされ、助手席には見慣れぬ女性、後ろのベッドに自分が座り、出発。

買っておいたエナジードリンクのVoltをあげると、くしゃくしゃな顔をして
「そんなに心配するなよ~」
とかなんとかそんなことを言っていましたが、受け取ってもらえました。


外は真っ暗で道はウネウネのカーブだらけ。
道を外すと崖に真っ逆さま。

かなり心配だったけど、運転歴が長いであろうハイメさんを信じるしかないと思い、眠りました。



翌日7時。

起こされてパンとジュースをもらい、Matarani(マタラーニ)という聞きなれぬ小さな町で降ろされました。



「ここでバスに乗ってアレキパまで行けよ。な。そこまで連れてってやるからな」
とハイメさん。
アレキパの町に行くには、ここで道路が変わるようです。

いや、バスは使わないんだ、と答えると、
「しかしこっから先はずっとキツイ山道だぞ?」
と言いながら荷物を降ろすのを手伝ってくれました。

ここでハイメさんとお別れ。

 


首の痛みがひどいので、ここでしばらく休養することに。

町の奥にあるサッカーコートの近くに安ホテルを見つけ、そこで部屋をとりました。
これから、どうなっていくのでしょうか。


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逆ヒッチハイクで130kmテレポーテーション!? Atico


値下げに応じてくれたホテルの人に別れを告げ、近くの食堂で朝食を食べて出発する。
この辺りは物価が高いが、人々の情のあつい土地柄がなかなか気に入っている。


風が強いうえに上ったり下ったりと坂も多く、なかなか思うようにペダルがこげない。

しかし、そう遠くないところにいくつか町があるのはリサーチ済みだ。
余裕余裕。


    ↑ホテルのおっちゃんが「この先のビーチを見ながら走ってったらいい」と言っていたが、これほどきれいだとは。


   ↑小さな村が見える。山にはyo soy(=I am)と書かれてた


Tanakaという名前の村。
日系人が名付けたのかな。

 


    ↑めっちゃ田中って書かれてますね。グラフィティまであるし


町の中の坂をのぼっているときに振り返ってみると、


  


こんなロングビーチが見えるのです!

ずっとずっと遠くまで広がってる。


ここから上り坂なので、少しずつ広がる景色。
何度も振り返りながら歩いた。


    ↑海遊びにもってこいのビーチ


    ↑地平線までつづく波間


    ↑しばらく登ったあとに振り返る。どんどん広がる白波。どんだけデカいんだ!


一山越えなきゃいけなくて、きつい傾斜に向かって自転車を押し進む。


もうすぐ小さな峠を抜けるといったところで、トラックのなかで手を振ってくれている人がちらと横目に見えたので、サイドミラー越しに手を振り返した。

すると、トラック運転席から降りてきて「大丈夫か!」と叫んだ。
助けを呼んだと勘違いしたのかもしれない。

「いや大丈夫。何でもないよ」


と、そんな流れで
「先の町まで乗せていってやろうか。乗れよ」
という話になり、トラックに乗り込んだ。

見たことないほど長い胴体のデカぶつトラックに自転車とザックを積む。
魚を運ぶトラックの荷台にはシャーベットのような氷が山盛りに敷かれていた。


    ↑写真じゃわかりにくいかもしれないが、このトラックめちゃくちゃデカい


    ↑運転手のハイメさん


    ↑席のすぐ後ろにベッドが! 寝台列車みたいで楽しそう


    ↑自転車はこのように収納された


    ↑コンテナの後ろには氷が敷き詰められ、雪が積もったような状態。寒ッ!


かわいらしい町や村、美しい山肌、不思議にえぐれた岩、賽の河原のように積みあがった何個もの石、枯れ草の荒れ地、緑に透き通る海などが一瞬にして通り過ぎる。
写真の撮る暇もなく、その瞬間を目に焼き尽くした。


    ↑ひたすらもうまっすぐにつづく道。ここは走ったら楽しそうだなーなんて考えながら助手席で呑気に眺めていた


    ↑アティキパという村をササっとスルー。小さくてなんもないけどポップな通りが明るくてよさそう村だった


    ↑そこを抜けると西部劇のような荒野。こういうとこ好き。やっぱりちょっと走りたかったかもなぁ


    ↑なんとか撮れたえぐれた岩の一枚写真。丸くへこんでるのがわかるだろうか。本当はもっとすごい“えぐれめぐれ”な岩たちが無数にあったのです。信じて!


おそらく40kmほど先のChala(チャラ)という町で降ろしてもらえるのだろうと思っていたら、「ここはチャラというんだよ。きれいだろ」なんて言いながら、当たり前のように通り過ぎてしまう。


    ↑チャラの町

住み心地のよさそうなところだったしwi-fiも良好そうだったのでここで降ろしてもらってよかったかなー、なんて。

ただね、

「あと2時間走ったら俺の町に着くから、そこで一泊して、もしおまえがいいなら明日の早朝にまた一緒に出発しよう」

と言ってくれたのだ。



なんかさ、ここまで乗せてもらったのに途中下車するのももったいないかなって。

正直少しは走りたい気持ちもあるし、彼が信用できる人かまだ分からないけど、なんだか断るのもアレだしなぁ。

しかし、チャラからは風が静まるとロマスの人たちから聞いているし。

でもでも、このトラック運転手のJaime(ハイメ)さんはここからずっと起伏が激しくて自転車だと大変だと言っている・・・・・



そんな堂々巡りをしている間に町は過ぎさる。


まあ旅はみちづれっていうし、いっか。
甘え乗せてもらっちゃおう。


※みちづれ
使ったときから次の自分のターンまでに相手の攻撃でひんしになると、相手も一緒に巻き込んで倒してしまうという卑怯なわざ。最大PP5。ゴーストタイプ
つまりこの注釈で何が言いたいかというと、関わってしまったら相手にアクシデントが見舞われたり悪い人だったりしても逃げられないよ、という意味でもあるなぁ、ということ。



  
    ↑ハイメさんがoro(金)の何とかと言っていたチャラ付近の景色。金が取れるという意味なのか、金色をしているという意味なのか、実際にそういう名前だったのか。わからなかったけど、明るく輝いていてとても綺麗だった。金鉱だったのなら行ってみたかった

  
    ↑右側の看板に注目。こんな砂漠なのに果物やオリーブが名産だなんて、ビックリだね。道はまだまだつづく


    ↑広がる荒野。すてきすぎ!


    ↑車内の陰と茶色けた山のコントラストが抜群


    ↑上の写真を撮ってから、アップにしてもう一度撮影したもの。同色系の色が混じり合い、枝分かれしていて模様を作っているのが、木で覆いつくされている山とはまた違った趣があって見ていて飽きない


100km経過。



    ↑だいぶ道が荒れてきた。岩をうがった通り道


    ↑海は透き通っていてきれいに見える。本当にきれいかどうかはもっと近寄ってみないとわからないけど


大体3時間、130kmほど走っただろうか。

Atico(アティコ)という小さな町に着いた。



ハイメさんの家がここにあるらしい。
「今日はここで泊まって明日の早朝にもっと行こう」
という作戦のようだ。


休む前に、トラックが故障したらしくまずは修理屋へ。
こちらも自転車がパンクしていたので、その間に直しておいた。


    ↑オイル交換をしていたようだ


夕方、彼の家の近く、道路わきにトラックを止める。

今日は座席後ろの2段ベッドで寝ていいと言う。
ハイメさんは家に帰っていった。

ホテルもいくつかあるが、無料ならトラックのほうがいい。
ありがたく使わせてもらうことにしたのだった。


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カニとオリーブ Yauca


海に突き出たお椀型の町、ロマスを出発。


前にキャプチャしておいた地図を指で測ると、次の町まで40kmくらい。
・・・に見えたのだが、人に話を聞くと自転車で1時間で着くという人もいれば70kmはあるという人もいる。

こういうのは道路工事に携わってる人やトラック運転手など、距離感をつかめる仕事をしていなければ大体適当なことを言うのが常だ。
ほぼ全員が嘘つきだと思っておいたほうがいい。

実際の距離はわからないので、念のため70kmとして考えて走りだす。


水とスポーツドリンクを買って砂漠へ。

アップダウンがキツいうえに向かい風がものすごく強い。
そして道路のつくりの粗さ。
まったくスピードが出ない。

平地では時速約13km、休憩を入れても一時間に10kmは進めるのだが、このときは15km走るのに3時間以上かかった。


対向車をバイクの警察3台が引き止め、免許証をうかがっているのが見えた。

そのまま素通りしたのだが、警官の一人がこちらを呼ぶ。
なにか問題があったわけではなく、話しかけてきただけだったようだ。

さきの町までの距離を聞いてみると、あと20km程度だという。
やはり40kmという当初の自分の予想は当たっていたのだ。

お腹が空いてるんだ、
と言うと、ほかの警官たちに「食うもんないか。果物とか」と聞いてくれていた。

そこまで世話になろうとも思っていなかったので、いいよいいよと断ったら、警官のひとりからインカコーラをプレゼントされた。

砂漠で飲み物をくれるのはとてもありがたい。
他の国だったら横柄な態度でパスポートを見せろとか言ってくるのにね。
パナマとかね。


警察ポイントから5km、レストランがあったので立ち寄る。

出てきたスープには小さなカニがまるごと入っていた。
さすが海に近いだけある。

しかし海鮮類がメジャーだからと言って、安いとは限らない。
もともとここは食料の値段が高いので、結局他の土地と同じかそれ以上の金を払わないといけないのが泣ける。



カニは小さく食べるところが少ないが、胴体の身は旨みがものすごく凝縮されている。
なんと、その白い身すべてカニみその味がするのだ。

めっちゃうまい!

カニだけもっと食べたかった。


小さな集落に到着。
レストランがひしめき合い、トラックがたくさん止まっている。


    ↑Chaviña(チャビーニャ)という集落


町のはしっこにあったバイク修理屋に話を聞くと、ここから13kmで町に着くのだそう。

現在午後4時30分。
今日中にたどり着ける距離だが、この強風を受けて走るとなると、きっと暗くなってしまうだろう。
それにもし向こうでホテルを使うとしたら、今日ここでキャンプして明日休むほうがゆっくりできていい。


ということで、教会の横にテントを張らせてもらった。
張らせてもらったというか、勝手に張った。
まわりの人たちがそこに張ったらいいんじゃないと言っていたから。
ここでキャンプする人はわりかし多いと見受けられる。


ここは泥棒などはいないようだが、しかし食料が非常に高価だ。
普通の料理のセットメニューでも20ソル(700円)すると言う。

何件か回ってもその調子だったので、
「もういい。何も食べないから」
と捨て台詞を吐き店を出た。

一食くらいなら食べなくても大丈夫。
普段からよくやってるから。


しかし、すぐにレストランのお姉さんが外へ出てきて、
「ちょっと待って」
大声でちょっと待ったコールをかける。

「今日はあなたにinvitado(ごちそう)してあげる」

と、アロスアラクバーナと紅茶をごちそうしてくれた。
ごめんな、情に訴えてしまって。
おいしくいただきました。


教会の横に立てたテントは目を離しても大丈夫なほど安全だったが、犬が徘徊していてそれがちょっと気になった。
彼らが見張ってくれていると思って寝ることにしよう。

入口を開けていたらノミか何かが入ってきたようで、翌日体中が刺されてしまった。



翌朝。


昨日のバイク屋に手を振って町をぬける。

谷をひとつ越えて坂をのぼると、バイク屋の話どおり平坦な道がつづいていた。
気ままに吹いている風のせいでスピードは落とされるが、それでもなかなか早い調子で進むことができた。


昼前にはここの県庁になるらしいYauca(ジャウカ)に着いた。
県庁といってもとても小さな村だ。

一通り見て回り、値下げしてもらった宿に一晩泊まる。
wi-fiを期待していたが、どのホテルにも備えついていないらしい。
前の町での話では、ここにあると聞いたのだが、村に一軒ネット屋があるだけである。


    ↑きれいに人工林を植えられている。他の砂漠の町でもそうだったが、各地でこういう植林が盛んなんだそうだ


ここはオリーブが有名で、アセイトゥーナというオリーブの漬物が道路わきに立つスタンドにこれでもかと並んでいた。

   
    ↑ずららっと並ぶお土産売りスタンド

味はバルサミコ酢に漬け込んだような感じなのでぶどうを使っているのだと思っていたのだが、今調べたところ完熟の黒オリーブをただ塩漬けしただけなんだそうだ。
恐るべしオリーブ。

このアセイトゥーナ、ワインのような深い苦み渋み、そして若干の甘味のなかにオリーブのいい香りがし結構好きだ。
オリーブワインとかあったらおいしそう。

しかし、見てこれ。
こんなに大量に自転車に詰め込もうとはさすがに思わない。


    ↑瓶詰で売られていたが、こんなに一人で食べきれないよね



    ↑アセイトゥーナ。もっと黒いもののほうが一般的


    ↑試食させてもらったが、ここのは浅漬けという感じだった。もっと濃いほうが好き



この日はゆっくり休んで明日早く出ようとしたところ、次の日朝10時にホテルのおじさんのノックと「もうチェックアウトの時間だよ」という言葉で起こされた。


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海賊がいそうな町でウニを勧められる Lomas


前回載せ忘れたガソリンスタンドに遊びに行った時の写真を一応つけときます。


    ↑小袋に入っているインスタントコーヒーって日本にないよね? ごちそうになった


    ↑犬と遊んだり、奥に写ってるアントニオとここで働いている少年と3人でサッカーしたりしてました



ナスカの町を出る。
調子が治るまで長くいつづけたので、住み慣れたここを離れるのはもったいないような気持ちになる。

未練たらたら。
後ろ髪ひかれまくり。

もう一泊する?
いやいや、もう行かなくちゃ。


ここからずっと、なにもない砂漠がつづく。
もう少しくらい家とか店とかなにかしらあるだろうと思っていたが、全然本当になんにもなかった。


    ↑ずっとこんな感じ。死の砂漠

おかげで日が暮れても村に着けない。

不安になってくる。
このまま見通しのきく砂漠のど真ん中にテントを張っても危険じゃないだろうか。
店があることを願って走った。


奥になにか見える。
あれは家か。
それともただの岩山か。
よくわからない。


坂道でその“なにか”も見えなくなり、あきらめた。
そろそろ寝床を決めなくてはいけない。

これまでは、どこかの家の敷地内にキャンプさせてもらったり、でなければ物陰に隠れて夜を過ごした。
ここのようになにもなく、かつ人の目に留まるしまうところに泊まるのは、覚えている限り初めてだ。

道路から丸見えなんだが。
大丈夫なのか・・・・・


風が非常に強く、設営にすこしばかり苦労する。
広げたとたん愛用のテントが逃げ出そうとするのだ。
しかしザックを入れこんだらこっちのもの。
この重さには強風もかなわない。


強盗が襲ってくる確率がどのくらいなのだろう、
不安に思いながらテントにもぐりこんだ。

運がよかったのかそれともこれが普通なのか、何事もなくこの日を終えることができた。
誰かがきたときのためにずっとダガーナイフを握っていたのが無用となってよかった。

夜には先ほどの強風が嘘のように風がやみ、しずかな夜となった。



あくる日。

いつものようにダラダラとテントを片づける。
キャンプはこれだから面倒くさい。
ひとつひとつ広げて乾かし、そして折りたたむ。
寝袋とエアーマットを袋に押し込み、風に邪魔されながらテントとテントカバーを折りたたむ。


    ↑後方20mくらいに道路があります


走り出してから2kmばかり走っただけで、小さいが集落があった。
やっぱり昨日見えていたのは家だったのだ。

ここまで来てしまえばもっと安心できたのに。


    ↑右の看板のペンギンマークが気になるのだが。リマで日本人のペンギン研究家が近くの島にペンギン観察に来ていて知り合いになったのだが、このあたりにもいるのだろうか

ここでアロスアラクバーナという、ご飯と目玉焼きとバナナ焼きが乗ったペルーの安料理とコーヒーを注文し、朝食をすました。


道を走っていると、なにかトラブルか止まっている車を発見。
すこし警戒しながら横を通り過ぎようとすると、車の中の人が笑顔でこちらを呼んだ。



自転車で旅行中だという話をした後、こちらのエナジードリンクであるVOLT※をくれた。
普段から好きでよく飲んでいるので、とてもうれしい。


    ↑真ん中のやつ。※これは以前にも使った写真です



    ↑蜃気楼か!? と思ったらただの逃げ水だった。逃げ水も蜃気楼の一種ではあるのだけど、砂漠に来たからには一度大規模な蜃気楼を見てみたいものである


しばらく走り、Lomas(ロマス)という町への分かれ道に到着。
海に面した町のようだ。

今日はここに泊まることにしよう。
パンアメリカンハイウェイから離れ、海にはみ出たお椀のような漁村へと進んだ。

遠くから見ると、昔海賊がはびこっててそのまま町になった、というイメージが浮かんだ。


    ↑ぴょこんとはみ出た小さな半島に家が集まるちょっと変わった町


    ↑ほら、なにもないところに町があって、なんだか海賊とか住んでそうじゃないですか


ホテルを探しに中心部へと歩いていると、家の中で酒を飲みかわしているおじさんたちに呼び止められた。

ホテルを探しているからと言うと、家に招き入れられ、
「ここで泊まりな」
と部屋を提供してくれた。

このおじさんは3か所に家を持っていて、家族は今別の町にいるらしい。
そのため部屋はたくさんあるが余っているのだという。


夕食に作り置きしておいた丸く薄いオムレツをごちそうしてくれた。
じつは中にウニが入っていたらしい。
そのせいか味が濃くておいしかった。


彼はいま漁師のリーダーをしていて、ウニや貝、カニなどを捕ったものをまとめて売りさばく仕事をしているという。
しかしこちらではあまりウニを食べないのだそうだ。

「ウニは1kg25$(送料別)で送るから、もし買い手がいたら電話してな」
と、翌朝のおじさんはお仕事モード。

しかし友達のいない自分には関係ない話だった。
そもそもこの値段が安いのかどうかすら判断がつかない。
どうなの? 安いの?


    ↑ウニや貝類をここで獲って、店やほかの国に売っている


    ↑日本に売る用の、よくウニが並んでいるあの例の木のやつ

    ↑この木箱ね


    ↑ウニ。「これはきれいな状態じゃないからね」とあまり映像に残してほしくない様子だった


    ↑翌日の昼ごはんとして作ってくれた、海苔の煮たもの


飲んでいる最中に彼の友達ともめていたり、会話の中から盗む・盗まないという単語が聞こえてきたりして、正直ここに泊まっても大丈夫か終始このおじさんを疑っていた。

そして疲れもあって、あまり愛想を振りまいてあげられなかった。

夜に子どもたちが踊るステージに行ったり陽気にふるまったり。
もしこれらが本当にこちらを楽しませようとしているのだったとしたら、とても申し訳ないことをした。
でもあの状況で、どうしても彼を信じられなかった。

終始つまらなそうな顔や態度をしているのを見て、おじさんもがっかりしたことだろう。


疲れもとれ、なにも起きなかったのもあって、翌日は元気に交流することができた。


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ただし●●は尻から出る Nazcaその2


ナスカに着いてから、まあいろいろとあったのだが、一番大きな出来事は、



血が出た。


最近あまり食べていなかったのでここで体力をつけようと大量に食べてたんですね。
そしたらなんか腹が張ってきて、すごく苦しい。

で、トイレに行ったんですよ。
そしたら、肛門からボトボトって。

血が。


もうびっくりしちゃって。

だってこれまで生きてきてこのかた尻から血が出るなんてことなかったのだもの。


で、驚きとまどい、一通りまごまごしたあとに、

なにか重大な病気かもしれない、保険に入っていないのでここで入院するのはあれだから危険そうだったらすぐに日本に帰らなくては、この町に空港があるな、リマ経由で帰れるか、家族に一応連絡して、そうだアメリカ通るならESTA取らなきゃ!

と、準備しました。


※まごまご
困ってしまってどうしたらいいのかわからなくなっている様。または時間を無駄にすごしている様子。

※ESTA
アメリカにビザなしで入国するときに必要な電子渡航認証システム。ネットで簡単かつすぐにとれ、値段は$14で2年間有効。申請できたらアメリカの入国管理局のデータベースに情報が入っているので、チケットなどは必要なくパスポートを見せるだけでOK。アラスカに入国したときのものはとっくに切れていたので、ここでとってしまった。早とちり。


で、一応こっちの病院にも行ってみると、
「ナスカの病院じゃ腹にくわしい内科の医者はいないから、イカに行きなさい」
と言われる。

薬をもらい点滴をする。
エクアドルやパナマとは違い、ちゃんと薬代を払わされる。
ああ、出費がぁ。


月曜まで待って、たらい回されるがままバスでイカまで戻ります。
しゅ、出費が・・・・・

病院へ行ってみると、親身になって救急棟へと連れて行ってくれる看護婦さんたち。
そして結果は。

「あなたは、健康です」

はっきり言われた。


どうやら血が出たのは切れ痔だったようです。
あんなに血が出たのに、と思っていたのだけど、血が出たときに撮った証拠写真を見せると、
「なんだこれだけwwww」
と笑われてしまった。


だって血が。
立ち上がるときにもボトボトって。


でも変な病気じゃなくて安心しました。
腹が張ってるのはなぜかわからず謎のまま。

しかし次の日にちゃんと激しい下痢に襲われたので、食べすぎの便秘だったのか食中毒かのどちらかでしょう。


元気になって来てからは、ガソリンスタンドで働いているアントニオに会いに行ったりしてゆったりすごしました。

そんなこんなで、かなり長く滞在してしまったのだけど、最近体調不良がちょっとひどいので、これっきりにしてほしいものです。


以下、ナスカの写真。


街から少し離れたところにある、インカ文明の古代の水道跡だそう。









今でもありそうな作りでしっかりしていたし、森の中にあって木漏れ日が緑と水を照らしてきれいでした。


ホテルの屋上で洗濯させてくれたので、ついでに写真も撮っておきました。







  


    ↑この洗濯物の生活感が奥の山とギャップがあっていいね


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昼下がり、ガソリンスタンドのスタッフと音楽を語らう Nazca


「はい、もうお終いだよー。場所あけてー」

観測塔の管理人が戻ってきて、朝5時ごろに起こされる。
外はまだ薄暗い。

眠気を引きずりながら寝袋とエアーマットを片づける。
邪魔にならないように気持ち急ぎつつ。


お腹が空いたので、一度前の村に戻ることにしよう。

それなら昨日のうちに戻ってもよかったのだが、
ナスカの地上絵に囲まれて野宿する
という魅力が、街中に泊まる利便性よりも上回ったのだった。

結果、星もきれいだったし、満足満足。



    ↑砂漠の朝焼け。気温差でできた低く筋をひく雲が美しい


    ↑だいぶ明るくなってきた。日が岩山を赤く染める


エルインヘニオという昨日立ちよった村に出戻り。

朝食は思ったより高くなかったので助かった。
昨日チェックしたときは、どの料理もとても高かったのだ。
だから昨日の夕食はコーヒーのみだった。

食堂のおばちゃんは朝早いのにニコニコと仕事に取り組んでいて関心してしまう。
仕事熱心なんだなぁ。


ここからまもなくナスカの町に着く。
さっさと行ってしまおう。




 Bienvenidos a Nazca(ようこそナスカへ)


と書かれた門をくぐり、すぐそこにあったガソリンスタンドに入って休憩。
店で飲み物やアイスなどを買って食べる飲む。


休憩しながら、対応してくれたガソリンスタンドのスタッフと話をする。
そんなことをしているうちに、数か月前からここの手伝いをしているというアントニオと打ち解け、仲良くなった。
レストランに誘われ、そこでレモネードをもらう。


ラテンアメリカでは音楽の話を吹っかけられることも多い。
ここでも音楽の話題になった。

自分はわりと音楽が好きで、よくこちらの流行り曲なんかを聴いていたりもするので、この話はかなり盛り上がった。

ノートパソコンでyoutubeにつなぎ、色々な音楽をかけ始めるアントニオ。
パソコンを貸してくれたので、好きなラテン曲や洋楽、そして日本の曲をかけてアントニオの反応を見てみることに。


UNISON SQUARE GARDENの『シュガーソングとビターステップ』と東京事変の『OSCA』の反応がとてもよかった。
『シュガーソングとビターステップ』はコロンビア人にも一度聞かせたことがあり、そのときも反応がよかったので自信はあったのだが、東京事変も喜んでもらえたことに驚いた。
少し古めな感じに作られた曲で、歌い方ともにアクの強い独特な曲だからだ。

異文化で好きなものを共有できているという一体感がうれしい。


今回の結果から、ラテンのセンス的には、もしかしたらドラムが重要なのかもしれないと予想。
どちらも打ち込みではなく立体的な演奏をしているという共通点があり、その中でも刻みに合わせて体を揺らしていたからだ。
こちらはダンス文化が根強いので、リズムに非常に敏感なのかもしれない。

宇多田ヒカルの『traveling』とGiovancaの『On My Way』は残念ながらそこまで反応がなかった。


レゲエは好きかどうか見たかったのでMatisyahuの『King Without a Crown』もかけたかったのだが、時間いっぱい。終了。

ここでお別れとなった。

 


ここからナスカの中心部はすぐだという話を聞き、自転車はフルスロットル。

こうして寄り道をしながら、ナスカの町に入っていったのである。


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